第一章

【君が時を動かして】サイドストーリー『~AnotherMind~』第一章

このお話は、作者が制作したボイスドラマ。
『君が時を動かして』の別設定のお話です。
本編に登場しないキャラクター、
『ロイ・シュヴェルツェ』目線で書いたお話です。
著作権は放棄しておりません。
イプ劇、こえ部Liveでの上演以外の利用の場合は、
BBSにご一報ください。

                登場人物紹介

ロイ・シュヴェルツェ(♂) 記憶を失った状態で、洋館にたった一人住む青年。
物腰は穏やかで、優しい口調。
何故か、不思議な力で屋敷から出られない上、
自分が何百年も生きている事に不安を抱いている。
見た目的には20代半ば。
シエル(♀)
(性別は男ですが、
女性が演じて下さい)
アルジャンに製造されたホムンクルスの少年。
あらゆる知識を持った状態で生まれているはずだが、
どこか抜けている。
おっとりしており、無邪気で素直。ご主人様が大好きだが、
ロイと出会い、徐々に変化がある。 見た目的には14、5歳。
ヴィジュ・デュボワ(♀) 1000年以上は生きている事が確定しているが、
本当は何年生きているかわからない魔女。
アルジャンの旧友で、ロイとも何らかの関係を匂わす。
性格はクールで美意識が高い。
見た目的には20代前半。
アルジャン・リシャール(♂) シエルを作り出した自称・天才錬金術師。
アカシックレコードに触れ、不老半不死状態。
シエルに対し、Sっ気が邪魔して素直になれない。
死期が迫っている事を、シエルに言えずにいる。
見た目的には20代後半。

                   役表

君が時を動かして~AnotherMind~EP1

ロイ♂:     
シエル♀:    
ヴィジュ♀:   
アルジャン♂: 

http://j.mp/1mOLp8v 

               本編


 ピチャン…ピチャン…と水滴の落ちる音が響く。
暗く湿った地下室には、ところどころ赤黒く
乾燥した血液がこびり着き、骨が散らばっている。

 その奥、数体の悪魔の像が円を描く様に祭壇を囲む。
その中央には、一人の青年がまるで死んでいるかの様に
柩の中で眠っている…。

【ロイ、ゆっくりと目を開け、起き上がる】

ロイ:「…ん……ここは……?」

【辺りを見回し、異様な光景に不安げに】

ロイ:「なんだろう…。薄気味悪いな…。」

【周りに戸惑いながら、心の中にある大きな疑問が渦巻き怯える様に】

ロイ:「…僕は……誰、なんだ…?」

【頭を抱えて、その場に埋まる】

ロイM:こんな場所にひとりきり、記憶がなくなるような事…。
    一体何があったっていうんだ…?
    …怖い…。
    思い出そうとすると、頭がズキズキする…。

【痛む頭を押さえ、立ち上がる】

ロイ:「なんだ…?悪魔の…像…?
    僕を囲むように…これは、何なんだろう…。」

【悪魔の像に触れ、彫り込まれた文字を指でなぞる】

ロイ:「…白き薔薇の封印。ロイ……シュヴェル…ツェ…。
    ロイ・シュヴェルツェ…?う…っ!」

【再び強い痛みが頭に響く】

ロイ:「(荒くなった息を整え)…これが…僕の、名前…?」

【他に何かないかと見回す】

ロイ:「…めぼしい物はなさそうだな…。
    ここから、出てみよう…。」

【おぼつかない足で、フラフラと祭壇を降り、

地下室を光の射す方へと向かって歩く】

ロイ:「…それにしても、ここはなんだ?処刑場か?」

【上に向かう階段を見つけ】

ロイ:「階段だ…!…良かった、上に向かう階段で。
    これ以上、下に行くのは…なんだか気が滅入る。」

【安堵した様子で、階段を上り、扉を開ける】
【急に射し込む光に目が眩む】

ロイ:「うっ…!まぶし……。
    なんだろ…さっきの地下室と比べて、とても綺麗だ…。
    誰か…住んでるのかな?見たところ、結構しっかりした“お屋敷”だ。
    …調べてみようかな…。」

【屋敷の中を彷徨うが、誰もいる気配はない】

ロイ:「…おかしいな、誰かしらいそうな気がしたんだけど…。
    誰もいないなら話も聞けないし…外に出てみようか。」

【1階に降り、玄関に向かう】
【ドアノブに手をかけ、ガチャガチャ回すが、反応しない】

ロイ:「あれ…?…あれ?…おかしいなぁ…壊れてるのかな?
    他にどこか…出られる場所…。窓から出るしかないかな…。」

【仕方なく玄関を諦め、他の場所を探る】
【しかし、どこをどう動かしても、全く外へ出る事は出来ない】

ロイ:「く…っ!なんで…だ?
    なんで…どこもかしこも…ビクともしないんだ…っ!
    …僕は…閉じ込められてる…?誰が…何の為に…?」

【途方に暮れた様子で】

ロイ:「…誰もいないなら、しばらくここを住処にしよう。
    もしかしたら、何かの拍子で、記憶が戻るかもしれないし…。
    もしかしたら、何かの拍子で、ここから出られるかもしれないし…。
    …そうしよう…。」


 それから、長い時が流れた。
誰もロイの存在等気づかぬまま、
いつの間にか洋館は『幽霊屋敷』と呼ばれる様になる

―丘の上、アルジャンの家。
退屈そうにリビングで、ダラダラしているシエルとアルジャン。


シエル:「ご主人様ぁ…。」

アルジャン:「…なんだ?」

シエル:「退屈…ですね。」

アルジャン:「あぁ…。」

シエル:「どこか行きましょうよぉ…。」

アルジャン:「金もないのにどうやって?」

シエル:「…それじゃ、お仕事を…。」

アルジャン:「依頼が来ないのだから、仕方ないではないか。」

シエル:「依頼…。」

【アルジャン、ハッと気がついて】

アルジャン:「そうだ、シエル!!
       依頼が来ないなら、自分の足で仕事を見つけるべきだ!」

シエル:「そうです!ご主人様!!やっとその気に…」

アルジャン:「…と、いうわけで。」

シエル:「え?」

アルジャン:「シエル、任せたぞ。」

シエル:「えー!?な、なんで僕が…!」

アルジャン:「お前は私の従者だ。
       従者が怠けて主人が働くなんて道理が通ってたまるか!
       それに…。」

シエル:「それに…?」

アルジャン:「私が猫撫で声で『お仕事くださ~い♪』
       なんて言ってみろ!気持ち悪いだろう。」

シエル:「そ…それは…頼み方が極端というか…。」

アルジャン:「私なんかより、お前みたいなお子様が行った方が
       同情される。つまり、仕事を貰える!」

シエル:「あくまでも、ご主人様は同情されたくないんですね…?」

アルジャン:「この天才錬金術師。
       アルジャン・リシャールが同情されたとあっては、
       末代の恥になるわ!
       つべこべ言わず、仕事を見つけて来い!!」

シエル:「ひ、ひぇぇ…!」

アルジャン:「それから、お前が出来そうな仕事は片付けてこい。
       そんでもって、その金でショートケーキを買ってこい。」

シエル:「う…!き、鬼畜だ…!」

アルジャン:「なんだ?文句でもあるのか?
       …とにかく、まぁ。
       ヴィジュのところでも行けば、

       簡単に仕事は回してくれるはずだ。」

シエル:「は、はい…。いってきまーす…。」

アルジャン:「私は元気なシエルが…一番、好きだ。」

シエル:「う…っ。い、いってきまーす!!」

【シエルが出て行ったのを確認し、呟くようにアルジャン】

アルジャン:「…なんとか行ったか。」


 その頃、『先見の魔女』の異名を持つ女。
ヴィジュ・デュボワは、あの洋館の庭にいた。
花壇の前に佇み、咲き誇る白い薔薇を見つめる。


ヴィジュ:「変な予感がしたけど…大丈夫そうね。
      …そろそろ封印が脆くなってもおかしくないわ。
      念の為に、封印物の確認もしておきましょ…。」

【庭の中にある、オブジェ等を周り、何かを確かめている】
【その様子に気づくロイ】

ロイ:「庭に…誰かいる…!
    おーい!そこの人!!
    閉じ込められているんだ!ここから出して!!」

【しかし、その声はすぐ近くにいるはずのヴィジュには届かない】

ヴィジュ:「…これで大丈夫。
      誰かが意図的に仕掛けを解かない限りは…。
      (腕時計を目に)…そろそろお店の準備に戻らなきゃ。」

【その場を立ち去ろうとするヴィジュを、
なんとか呼び止めようと必死に声を上げる】

ロイ:「気づいてよ!!ここだよ!!
    頼むから、ここから出してくれ!!
    行かないで!!…僕は…ここだ!!」

【いくら叫んでも届かないことを知り、大きく項垂れる】

ロイ:「なんで…?どうして…?
    どうして僕に気づいてくれないんだ…?
    お願いだ…誰か、僕を見つけてよ…!
    ここから…出してよ!!」

【崩れるように床に膝をつく】


 街の片隅の雑貨屋。
何もない行き止まり、赤いレンガの壁に手を翳すヴィジュ。
すると、先程まで何もなかった場所に、扉と看板が現れる。

 店の中へ入ると、ヴィジュは開店の準備を始め、
カウンターにある『ツケ名簿』に目を通す。


ヴィジュ:「…ここ何百年、ずーっとアルジャンの名前ばっかり。
      何処まで私(わたくし)の中に居場所を作るつもりかしら…。
      本当…愚かな男…(と言いながらも楽しそうに)。」

【入店を知らせるベルが鳴る】

ヴィジュ:「ごめんなさい、まだ準備ちゅ…あら?シエル君じゃない。
      どうしたの?アルジャンのお使い?」

シエル:「こんにちは、ヴィジュさん。
     実は…あの…えっと…。」

ヴィジュ:「うん?」


 ヴィジュに経緯を説明するシエル。
ヴィジュは呆れたようにため息をつく。


ヴィジュ:「何やってるのかしら、あの愚か者は…。
      こんな可愛い子に、そんな意地悪するなんて…。
      …そうだわ!ねぇ、シエル君。
      丁度、あなたにお願いしたかった事があったのよ!」

シエル:「(嬉しそうに)本当ですか!?」

ヴィジュ:「えぇ。
      お使いしてくれたら、ちゃ~んと“あなたに”
      報酬をあげるわ!」

シエル:「なんでもします!なんでも!」

ヴィジュ:「それじゃ、前にアルジャンに売った
      “人魚の鱗”の料金200フランを徴収してきて頂戴♪」

シエル:「…え?」

ヴィジュ:「あの男を、懲らしめてやらなきゃ!
      金欠なんて知ったこっちゃないわ。
      今日中に支払うように、アルジャンに言っておいて。」

シエル:「あ…えっと…それって…最終的には僕が…。」

ヴィジュ:「なぁに?」

シエル:「いえ…なんでもないです…。行ってきます!」


 仕方なく店を後にするシエル。
成す術なく、トボトボと裏路地を歩く。


シエル:「どうしよう…困ったなぁ…。
     ご主人様に言ったら、『お前が金を集めて来い!』って
     絶対言うしなぁ…。」

【ふと顔を上げると、あの洋館が目に入る】

シエル:「…そういえば、あのお屋敷って誰が住んでるんだろう?
     電気が点いてるのも見た事がないし、
     誰かが出てくるのも見た事がないし…。
     なのに、いっつもお庭は手入れされてるし…不思議。
     …って、何か方法を考えなきゃ~!!」


 アルジャン宅。
庭先の郵便ポストを覗き込むアルジャン。


アルジャン:「うぐ…っ!やはり今日も依頼は無し、か。
       しかも、なんだ?
       枝やら、葉っぱやら…鳥の糞やら…。
       これは巣箱ではない!!…ったく。
       それこそ、本当に金でも生み出せればいいが、
       あれは少しばかりリスクが高すぎる…。ん?」

【小道をトボトボと歩いてくるシエルに気がつく】

アルジャン:「シエル。
       どうした?もう、仕事を見つけてきたのか?」

シエル:「い、いえ…。」

アルジャン:「ヴィジュに仕事を貰えなかったのか?」

シエル:「貰える事は貰えたんですけど…。」

アルジャン:「なんだ?ハギレが悪いな…。」


【事情を説明するシエル】

アルジャン:「ほう…、お使いを頼んだのに、
       まさか、金の徴収を引き受けてくるとは…。」

シエル:「うぅ…ごめんなさいっ!
     お仕事見つけて、返そうと思ったんですけど…。
     なかなか見つからなくて…。」

アルジャン:「フム…シエル。
       今、手持ちはいくらだ?」

シエル:「手持ち…ですか?
     えっと………1フランです。」

アルジャン:「1フランか…。
       運が良ければ、古本屋で掘り出し物が

       手に入るかもしれんな。」

シエル:「古本屋…ですか?」

アルジャン:「あぁ、あそこはオーナーがアルバイトに任せっきりでな。
       そのバイトも、本の知識があるか疑わしい。
       時々、とんでもないレアモノが破格値で売られているのだ。」
 
シエル:「そうなんですか?」

アルジャン:「あのパラケルサスの『ホムンクルス製造法』が
       ナント!たったの2フランだぞ?2フラン。」

シエル:「え…?それって、まさか…!
     僕、たったの2フランで…?!」

アルジャン:「そんなことはない。
       お前を作るのには、それなりに出費したのだぞ?」

シエル:「よ、よかった…。」

アルジャン:「まずは巨大ビーカー代に、酸素を送り込む機械だろ?
       まず、そこで150フランだ。」

シエル:「へぇぇ!それから?それから?」

アルジャン:「それからー…(ハッとして)!
       ってこんな与太話はどうでもいい。
       さっさと古本屋でレアモノ探しでもしてこい!」

シエル:「ふえぇぇ…行ってきまーす!」

【再び、街へと駆け出していくシエルを見送って】

アルジャン:「…危ない危ない。
       うっかり、アイツを作る費用より、
       私の食費と光熱費の方が、上だと言いかけてしまった。
       運良くレアモノが見つかればいいが…
       私の方でも、何かしら策を練っておこう…。」

【すごすごと家の中へと戻っていくアルジャン】

 
 洋館。
すっかりとやる気を失ってしまったロイ。
書斎の椅子に腰をかけ、暗い表情でため息をつく。


ロイM:かれこれ、一体どれくらい経っただろう。
    毎日毎日、屋敷の中を歩き回って
    同じ物を何度も、何度も見て…。
    それでも何も見つからない。
    いつまで、これを繰り返せばいいんだ…?

【手鏡を手に取り】

ロイM:一向に歳もとらない…。
    食べなくたって生きて行ける…。
    僕が人間じゃないのは、嫌でもわかった。でも、それだけだ。
    何故、閉じ込められている?何故、記憶を失った?
    何にも…何にもわからない…!…気が狂いそうだ…!

ロイ:「…消えたい…。」


 古本屋。
色々な本を手にとっては睨めっこをするシエル。


シエル:「むぅ…さっぱりわからないよ…。
     どうやってレアかどうか見分ければ…。」

【ウロウロと歩き回るが、判らず、諦める。】

シエルM:どうしよう…。
     これじゃ、いくらやってもお金が作れないよ…。
     昔と比べて、この辺も貴族がいなくなったし…
     ん…?貴族…?

【ハッとして】

シエル:「そうだ!あのお屋敷…!」


 思い立って、洋館へと向かうシエル。
鉄の扉は、意外にも鍵はかけられておらず、
容易に庭へと侵入することが出来た。


シエル:「…やっぱり、勝手に入っちゃダメ…かな?
     誰かいないか、確認だけでも…!」

【扉をノックする】

シエル:「すみませーん!どなたかいらっしゃいませんかー?」

【返事はない】

シエル:「…やっぱり、誰も住んでないのかな…?でも…」

【庭にある白い薔薇の花壇に歩み寄る】

シエル:「この薔薇…すごく綺麗に咲いてる。
     ちゃんと誰かが手入れをしてないと、こうは咲かないはず…。」

【そっとバラに手を伸ばす。すると、指にチクっとした小さな痛みが走る】

シエル:「いた…っ!…っつぅ…。」

【出した手を引っ込めると、

先程まで白かったバラがみるみると赤い薔薇に変わっていく】

シエル:「え…?バラが…さっきまで真っ白だったのに…赤く…。」

【驚いて、後ずさりするシエルの肩に看板が当たる】

シエル:「わっ?!……びっくりしたぁ。
     ただの看板か…。
     “何人たりとも、入るべからず”…?
     わぁ…どうしよう…入っちゃったよ…。」


 一方、屋敷の中のロイ。


【突然の頭痛に苦しむロイ】

ロイ:「うぅ…っ!
    なん…っ…この頭痛…く…っ!!」

【痛みで歪む意識の中、声が響き渡る】

ヴィジュ:『ようやく…追い詰めたわ…!』

ロイ:「っ?!」

ヴィジュ:『流石に貴方をここまで弱らせるのに…
      相当な犠牲を被(こうむ)ったわ…』

【聞こえてくる(『』内の)ロイの声は、恐ろしく冷淡で荒々しい。】

ロイ:『…くっ!…卑しい魔女め…
    貴様ごときに、この僕が倒せるものか…!』

ロイM:え…?なんだ…?
    これ…僕の…声…?

ヴィジュ:『滅する事は確かに厳しい…けど、こうすることなら…!!』

【ここで激しい雷撃音】

ロイ:「っ?!」

【しばらく様子を見るように、空間を仰ぐ。】
【何も聞こえなくなった事を確認し】

ロイM:なんだったんだ…?今のは…。
    さっき聞こえたのは…僕の声?
    …あれが…昔の僕…?

【無意識に震える自分に気がついて】

ロイ:「…やだな…怖い…。
    もしかしたら…記憶、戻らない方がいいのかな…?」

ロイM:でも…知りたい。
    知らないまま苦しむか…知って苦しむか…。
    きっと、記憶がある頃の僕は、
    自分の運命を否定してたんだろうな…。
    聞こえた僕の声は、とても荒々しいけど…。
    本当は…今みたいに怯えてた…そんな気がする…。

ロイ:「本当は…誰かに……。」


【次章に続く】